TMレポート

ブログタイトルはそのままに、思いついたことを書く場所に変えました。。。

年末前 「追い詰めること」と「追い求めること」の違い

あと数日会社にこれば、もう年末休みに入ります。そう思うとウキウキしている自分がいます。そんな自分を顧みて、少し疑問に思います。それでいいのかい?と。

 

年末休みなんてむしろ来ないでくれ、と仕事に没頭しているような状態にあこがれを感じます。31日,1日だけ休んで、2日からはまた仕事に戻ると。もっと言うと、31,1日も軽めでも仕事はして、完全に休むことはない。そんなストイックな生き方を。

 

しかしまた、そういう状況をよしと考えている自分を疑問に思います。

まず、本来の「ストイックな姿勢」は、自分で「俺ってストイック」と悦に浸るものではないと思うのです。たとえ他人からそう評価されても、本人はストイックだなんて思っていないはず。結果の追求に後からついてくるものであって、「ストイックな姿勢」それ自体を目標にするのはちょっと違う気がするということです。

つまり、こんなことにあこがれている自分は、誰かからの評価を欲していると考察しました。誰かに認められたいのでしょう。それも、結果だけじゃなく、プロセスも含めて、何者かになりたい=他人に評価されたい自分の欲求がうかがえます。

 

疑問のもう一つは、休むことをないがしろにしているとも思うことです。ストイックな人間の代名詞たる一流のアスリートも、いや一流であればあるほど休みをないがしろにしていないと思います。無茶とストイックは別物ではないかと思うのです。

 

と同時に、怠慢とストイックも当然違います。

自分の現状はなんだか休んでばかりの気持ちで、もっとやらなければならない、なんていう風に思い詰めています。

 

この「思い詰める」がポイントになっている気がします。自分を俯瞰するための出発点のような。

 

この「こんなんじゃだめだ」的なマインドの時はうまくいったためしがありません。「ストイックな姿勢・生活」を半年くらいは維持できますが、それにエネルギーを使ってしまうのでしょうか。半年で理想に届くほど現実は甘くありません。

 

こういう時は、たいてい心のどこかにゆがみがあります。力を注ぐポイントがずれていたり、何をして何をしないかのバランスが崩れていたり、そういう傾向があるという風に分析しています。これは経験則かつ感覚的なものですが、だからこそ的を得ていそうな気がします。やっぱり自分自身を追い詰めるような心持は長続きしませんね。三か月もやればむしろ「よくやった」といってやらねば、次からはへそを曲げられる可能性もあります。実際、なんだか今の自分生活が怠惰な気がしているのは、頑張った自分をないがしろにしたことを無意識が拗ねているのかもしれません。

 

こんな風に、消耗して消耗して、結局消耗した自分だけが残る、という後味の悪い結末に何度も陥ってきました。

 

内省を進めていると、気が付いたことがあります。

「追い詰めること」と「追い求めること」

似ているけど全然違うなぁ、ということです。

前者は自分を委縮させ、疲弊させ、摩耗させる。

後者は、自分を能動的で独創的にし、自分で自分にエネルギーを与えることができると思うのです。

 

こんなふうにあれやこれやと考えながら、自分をうまく扱う方法を探りたいと思います。なんとなく、こんなことを考えてしまう内は、自分を自然にうまく扱えているようにはならないような気がしているのですが。。。

 

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公開した後すぐに見つけましたが、このレポートのカウンターのようなレポートを以前書いていますね。やはり、自分を追い詰めていると、こういう「なぜ今の自分はこうなのか」「どうやったらよくなるか」みたい分析をしてしまうようです。

tm-report.hatenablog.com