TMレポート

ブログタイトルはそのままに、思いついたことを書く場所に変えました。。。

AIにではなく、自分でする意味について

AIの発達がすごい

 とにかくAIの発達が激しいですね。。。プロンプトとよばれる「注文」をAIに伝えれば、好みのイラストを生成してくれるというのを見ました。

イラストのみならず、
・エクセル
パワポ
・語学
・音楽
・ポルノ、、、

すごいスピードで、ビジネスやエンタメの領域で展開されていくようです。AIがつくったものをみてみると、高いクオリティをいかに早くこしらえるか、という点において人間は勝てないと思いました。じゃあ、あえて苦労して、習得したり創作したりする意味は何なんだろうと思いました。

登山 と ヘリコプター

 人間が苦労してでもする意味って何だろうと考えたところ。。。ヘリコプターで富士山山頂に行くのと、歩いて登頂するのとの違いを考えました。
これは後者の方がいい、というテクノロジー批判をしたいわけではないです。
多分ヘリで富士山に登頂に行くのも面白いと思います。富士山の地肌や、そこをせっせこ上っている人を上空から眺めるのは面白そうです。。。

 言いたいことは、AIでもできることを自分がする意味をどれだけ明確にもてるか、ということです。その意味は「自分でやる」という人間が持つ根源的な楽しさに基づくものだと考えています。人生は有限だから、テクノロジーを使えば楽しさを効率的に経験できるでしょう。だからこそ「意味」を持たせて「自分だけの楽しさ」にしたものには
その人らしさが反映された、表面的な楽しさとは違う、深い楽しさがあるのではないでしょうか。

 

 短く書こうと思ってみましたが、それでもある程度書いてしまいました。手間や時間がかかるから、その分気づきや感動も大きくなる、効率で「無駄」とされたものがもたらす深み、だと思っています。(けれどテクノロジー、効率批判はしたくない)